二月十四日

昔書いた文章をサルベージした。

今日はバレンタインディである。何でも女の子がチョコレートを男の子に送る日だそうだ。
チョコという物はお菓子なんぞではなく、本来は媚薬や精力剤として用いられていた。
それがなにを意味するかは露骨に過ぎるだろう。

一説によると日本人で初めてチョコを食べたのは織田信長だという。
イエスズ会宣教師であったアレッサンドロ・ヴァレンティーノが献上したのだ。
時に天正九(1581)年如月十四日のことである。
この南蛮渡来の珍妙な薬(当時はそう考えられていた)の感想を信長がどう述べたのか伝わってはいない。
しかし、その媚薬としての効能に女房衆が目を付けないはずがなかった。
愛妾にうつつを抜かす殿様に対して、「ばれんたいの」の秘薬を用い寵愛を引きつけようとしたのだ。
これが大きく広まったのは豊臣秀吉の治世となってからである。
側室たちから秀吉に送られた「ちょこらとる」の量は87個を超え、堅物の石田三成に無邪気に自慢する様子が「面目日記」に書かれている。派手好きな秀吉の気を引くために彼女たちは趣向を凝らすようになり、豪華な蒔絵や繊細な切り子ガラス、華麗な絵付けを施した磁器などに「ちょこらとる」を入れ、競うように秀吉に送った。その外側の入れ物は今でも博物館などで見ることができる。ある意味工芸の発展に女房衆が果たした役割は大きいだろう。
当然その様子は他の大名の間にも広まり、一種のステイタスともなっていった。
下馬評という言葉がある。
太閤の城に入城するとき、必ず馬から降りねばならない「下馬先」と言う場所があった。その場所でお供の者が主人のもらった「ちょこらとる」の数を無責任にいろいろ評じたことから生まれた言葉だ。それが転じて世間の評判と言う意味になったのだが、狭義では現在でも貰ったチョコの数を評する言葉である。

この風習は江戸時代になっても続いた。キリスト教禁制になりかえって本来の「ばれんたいの」の意味は忘れられ、一種の民間信仰―――意中の殿方を射止める―――として、密かに大名たちの間で伝えられていったのだ。
それには「ちょこらとる」が非常に高価な嗜好品だったこともある。それだけに一般には広がりにくかったのだ。
だが、豪商と呼ばれる大店では僅かながらに楽しんでいた形跡があり、それを幕府が禁じた布告が今にも残っている。

「ばれんたいの」の習慣が一般市民にまで流布するようになったのは、戦後高度成長期まで待たなくてはならない。
太平洋戦争後のGHQの政策による華族制度崩壊によりその風習は一度途絶えていたのだが、没落を恐れた菓子店によって典雅なるいにしえの風習として復活することになる。当時、高級嗜好品であった「ちょこらとる」が普通のお菓子として一般に手にはいるようになり、消費を増大させるべく古典に準拠したのである。
本来の意味は忘れ去られ、甘く装飾されたイメージのみが先行する愛のイベントへと。
その日付は2月14日。愛の守護聖人セント・ヴァレンタインの祝日である。そしてそれは奇しくもヴァレンティーノが信長にチョコを献上した日と同一であった。

ただの偶然なのか必然なのかはヴァレンティーノに訊ねてみないと判らない。無論、これに関する彼の言葉は伝わっていない。だが、彼の名前を関する守護聖人の祝祭日を、彼自身が意識していないはずはないだろう。
時の権力者である織田信長に贈り物をする日。
キリスト教の運命を賭けたこの重要な日を、自分と同名の守護聖人に加護を祈ったことは想像に難くない。

そして、現在も女の子たちは祈る。本来の意味は知らなくとも真摯に。

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