九月十四日

三河吉田城 今川・松平が奪い合った「水城」岩原剛編を読んだ。

豊橋にある吉田城の変遷をつづった本であるが、かつて城主だった竹谷松平氏のことまで妙に詳しく記述してあって、このお殿様が地元に住んでいることをこの年齢になって初めて知った。思わず市街図を引っ張り出してみたら、本当に住んでいてかなり驚いたよ。
まぁそれはさておき。のちに姫路城を建てる池田輝政が整備した城郭であるが、姫路城に比べてしょっぱいイメージで語られることが多い。しかし十五万石の城主にふさわしい城であったそうである。ただそのあとの城主が数万石ていどの譜代大名であったため城郭の整備が進まず、イメージの落差が広がってしまったのだろう。
高石垣は東海地方屈指の高度を誇り、かつては三層櫓が五基も建っていた。これより多いのは天下普請の江戸城大阪城名古屋城と熊本城姫路城だけなのである。
この前訪れたとき、枡形が無いなぁと思ったんだけど、どうやら後世の改変によるものらしく当時は存在したらしい。何度も襲った地震によって櫓は倒れる御殿はつぶれる石垣は崩れる、でも直す金子は無い、ということであんな形になってしまったそうな。

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